あたたかい湯

日々あふれたものの受け皿

2020/5/7

朝です

昨日ツイッターのアプリをアンインストールした。ずっと、もうやめようかな、やめたいな、でも好きだな、ツイッターありがとう、いやでもな…みたいなかんじで続けてたけど起き抜けにあっ、消そう…って何故かポンと消しちゃった。

のに、夜眠れなかったので昔のひとりごとを振り返れるサイトで振り返ってたら自分のツイートのスクリーンショット140枚になってた。グズグズしながら読んでたら日が昇った。

基本的に全てに対しての思ってることが反骨精神むき出しで幼稚。今でもそう。なんとか変わりたくてもがいてもがいてすこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーしだけ、マシになってきたかな?という程度で、ほぼ変わってない。変わってなくて情けなくてまた泣ける。そしてツイート読んでその時の場面とか気持ちとかぜんぶ蘇ってきちゃって、ダークっぽい気持ちが出てきてしまう。結構このダークっぽい気持ちって、エネルギーとしてはめちゃくちゃつよいので、思い出したり、出てくることが良いのか悪いのかは、わからない。

できるだけダークでは無い気持ちをエネルギーに常に生きてたいし、そっち側の人間になりたくてもがいてるつもりだから、たぶん、悪い。でもダークな自分も否定しないでいたい。だって、そうなんやもん…ほんとのことしか言ってない。

苦しんでる自分の本当の言葉を見返すのは楽しい。記録があってよかったなと思う。からやっぱりツイッターありがとう!これからしばらくは、紙とペン、もしくははてなブログにお世話になることにした。

わたしはなんでもすぐに忘れてしまう、嬉しかったことも、辛かったことも、同じように。だから時々こうして自分の本当の言葉を見返して、辛かった気持ちをちゃんと思い出してちゃんと何回も傷つくことでゆっくりゆっくりだけど、消化していけている気がする。嬉しかったことは、純粋にあ〜嬉しかったよな、よかったな、となるからそれでいい。

あと、忘れてたわけではないけど、改めて、返ってきた大切なこととかもあった。

わたしは鳥で、今はまだ、地面で種をおなかに貯めながら、飛ぼうと助走してる鳥、いまはおなかにいっぱい種をためる時、花だっていつも同じ時期に咲くわけじゃないのよ、(鳥は飛ぶ時何も持っていないけど、鳥がおなかにためた種を、ここだ!と降り立ったところでうんちして、花が咲く)と言われたこと。

まだまだ心がへろへろだった時にかけてもらった言葉で、鼻水垂らしながら泣いて泣いて泣いたからすごく覚えてる。わたしはまだなんにも持ってないけど、いまたくさん種をためて、いつか花咲かせられる!と…今でも支えになってるな、と思うことば。ありがたい。あれから結構経ったけど、種ためながら、少しは羽をバタバタしたり、できてるだろうか?

 

ワンワンがワンワン言い出したのでこのへんでおわり

ツイッターの昔の話いくらでもできるな…苦しい気持ちのテーマだけはありすぎて困ります

さ!準備するぞ