あたたかい湯

日々あふれたものの受け皿

2020/4/8

朝から右の鼻の穴から血がでてびっくりした。

アボカドのお味噌汁がおいしくできた。

溜めに溜めたかんびんペットボトルのごみ、ふた袋ぶんをだした。最近はもうママに頼らずきちんとじぶんでごみも出せる。

なんだかきちんとした人間をできているような気がして、その場で一回転してみた。

桜はわたしの知らないあいだに満を侍して花を咲かせ、ひらひら鳥とあそびはじめていて、ついでに、新緑のみどりまで顔を出しはじめていて。うれしいのになんだかしゅんとした気持ちになった。こんなのははじめてだった。

大理石の粉塵でまつ毛がかわいくなった。

くたびれたままも悪くない、とほおっておいたブーツがくたびれすぎているのに気付く。

そろそろ磨こう。

ごはんの支度をし、たべ、片付け、あすのお弁当の準備までひといきもつかずにしゃんと済ませた。

すがすがしいきもちのまま、あまいミルクティーをいれてぽこっとひといきついた。

こういうぽこっとした時間がなんともいえないきもちよさだなとおもう。

あまいミルクティーは、ほどよいつかれを柔くしてくれる。

ぽこっとしたと同時に、また、自分があたかもしゃんとした人間をできているかのようにおもえて、ミルクティーをのみほしたその手でコップをあらってまんぞくする。

きょうは満月。月がきれいだよとほんとうは言いたい。

せっかくおいしそうに焼けたチーズケーキは、ひとりでたべないといけなくなってしまってかなしい。

もしかしたら満月ってチーズケーキなのかもしれない。とよくわからないことばがうかんだりした。